2011年11月07日(月) 記事No.1579
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日本の分化の多くは中国大陸から来たものが多い中で、畳は大和民族が生み出した
日本固有のものです。畳の語源は『たたむ』ことを意味し、重ねられるもの、たためる
ものなど、稲ワラやイグサで作った敷物全般が、畳の起源だと考えられます。
畳という言葉が登場するのは、奈良時代の古事記からで、菅畳八重、皮畳八重、
絹畳八重という言葉が記されています。日本書紀には「八重席薦」、万葉集には
「木綿畳」「八重畳」「畳薦」の文字が見られ、この畳は、莚(むしろ)みたいなものを
重ねてイグサの表をかぶせ、黒の錦の縁(ヘリ)をつけたもので、高貴な身分の方の
寝具を兼ねた敷物として使われたようです。現代の畳の原型はこの時代に
成立されたと考えられます。
平安時代、貴族邸宅の建築様式である、寝殿造の成立とともに貴族階級に、
置畳(厚畳)が普及し、畳の形は、畳表・畳床・畳縁で形成し、現代の畳と似たものに
なっています。この時代の畳は座具や寝具であり、貴族社会では座る人の身分や
地位を表すために、畳の大きさ、厚み、畳縁の色・柄などが厳しく定められていました。
今現在、皆さんが目にする畳の端に付いているのが畳縁(たたみべり)といいます。数十年前では茶色の畳縁が主流でしたでしょうか?以後現在に至るまで、ナイロン系が主ですがいろんな柄や色の畳縁を目にするようになりました。畳が無い住宅、縁無しを好む建築も多くなってきた現代では畳縁という言葉自体珍しい言葉かもしれません。畳縁は奈良時代からあったもので、畳縁の模様や色で座る人の身分が、決まり厳しい身分制のもとに、封建的な制度や風習が出来ていきました。その中で高い身分の方に使われる、繧繝縁(左)や高麗縁〈右〉は古代に寺院を飾る錦として渡来した織物を、畳縁に使用したものといわれています。現代でも雛人形のお内裏様とお雛様が座っている畳には繧繝縁が使われ、神社、寺、茶室の床の間などで大紋高麗縁が使われているのが見られます。

  繧繝縁 ・・・天皇、神仏
大紋高麗縁・・・親王、大臣
小紋高麗縁・・・大臣以下の公卿
   紫縁  ・・・四位五位の雲客
   黄縁  ・・・六位以下
  縁なし  ・・・無位の者
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