2009年06月12日(金) 記事No.976
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平安時代には貴族の住まいの建築様式である寝殿造に座具や寝具としての置き畳として使われていて、この頃には畳床、畳表、畳縁、が一体となった現代の畳に似た物になったようです。そして畳(畳床、薦の枚数)の厚さや、畳縁の(畳縁は奈良時代からあった)模様や色で座る人の身分が、決まり厳しい身分制のもとに、封建的な制度や風習が出来ていきました。
その中で高い身分の方に使われる、繧繝縁(写真左)や高麗縁(写真右)は古代に寺院を飾る錦として渡来した織物を、畳縁に使用したものといわれています。
この頃の絵巻に火事の絵が描かれているものがありますが、畳を担いで走る人の絵が書かれているので、とても畳は貴重で大事なものであったのがうかがえます。

鎌倉時代はじめごろはやはり置き畳での使用だったようで、絵巻物等にも来客のための座具や寝具用にに畳を運んでる絵が描かれています。
しかし鎌倉時代の終わり頃には現代と同じように建物の一部として部屋に畳を敷き詰めてある様子が絵巻(法然上人絵伝)に描かれています。
これは位の高いごく一部の貴族の邸宅での話で、庶民にはまだ畳は縁遠いものであったと考えられます。

イグサ http://tatamiyamori.blog90.fc2.com/blog-entry-912.html



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